撮影美術製作業務の役割について
撮影における美術製作の仕事の中にも、様々な役割が存在します。
撮影美術における主な業務について、説明してみました。
下記の①~⑩の各業務のすべてが撮影業界では「美術スタッフ」となります。
(特に撮影現場では、「美術さん」と呼ばれます)
ただし、①~⑩の各業務は通常、「デザイン会社」「大道具会社」「小道具会社」「塗装会社」というように、それぞれ独立した個別の会社が存在します。(※一部美術製作会社の中には、複数の業務を兼ねて請け負う会社もあります。
① セットデザイナー
美術デザイナー、(映画などでは)美術監督とも呼ばれます。
撮影の美術製作における一番最初の基礎を製作します。広告主・プロデューサー・監督などからの依頼による美術セット製作を具現化します。
具体的には、パース画やイラストを描き、大道具等のための製作図面を作成し、各美術スタッフ(②~⑩)に対して、工場での製作中および撮影現場において指示を出します。
② 大道具
セットデザイナーからの製作図面をもとに、セットを製作します。
大きいセットの場合、一回では運搬ができないので、スタジオに入る前に工場でパーツに分割して製作します。大道具の主な材料はベニヤ・合板・角材などの木材になります。
現場での施工のことを「建て込み」と言います。建て込みは主に撮影専門スタジオで行われ、事前に製作したパーツを組立てていきます。
組み立てられたセットは、下地の材料(主に木材)がむき出しのままです。建て込みでの大道具の仕事はここまでで、このあと塗装や表装、小道具担当のスタッフ(業者)に引き渡します。
セット完成後は、原則として数人の大道具は撮影本番にも立会います。撮影中のセットチェンジや変更・修正に対応するためです。
③ 小道具
装飾・デコレータ―などと呼ばれる場合もあります。
小道具の仕事は、セットデザイナーからの指示のもとに、セットが仕上がったあとに、家具や雑貨などの装飾物を飾り付ける仕事になります。
装飾物自体も小道具と呼び、表現される映像によって、ありとあらゆるものが対象となります。小道具は主に有り物(世の中に実際に流通している製品)を使用し、小道具会社が自前で保管しているものを使用したり、小道具レンタル店から借りたりします。
俳優の携行品(持ち道具)や、飲食物など(消えもの)を用意する場合もあります。
塗料などにより、有り物を時代に合わせて古びさせる(「よごし」と言います)こともあります。太古のものや架空のものなど、有り物で用意できないものは、小道具スタッフで製作したり、大道具に製作を依頼したりします。
大道具と一緒に、小道具も撮影本番にも立会います。撮影中の小道具の移動・差し替えなどに対応するためです。
④ 塗装
大道具が建て込み終わったセットに、セットデザイナーからの指示のもとに、塗装を施していきます。
撮影スタジオでは主に水性塗料を使用します。(スタジオは密閉空間なので、ラッカー塗装などは原則として行いません)
塗装にも、エアピースやローラーや刷毛を使用する一般的な塗装から、漆喰壁や聚楽壁などのこてを使用する左官のような塗装、わざと古びさせるエイジング塗装など、さまざまな種類があります。
また、テクスチャの表現のために、一般の塗装業者では使わないような道具(ウエス・スポンジ・金ブラシ・ビニールなど)を使用したり、塗料に木くずや砂を混ぜて塗装することもあります。
⑤ 造型
セットデザイナーからのデザインや製作図面をもとに、造型物を製作します。
この場合の製作物は、特に木材で作れないもの(大道具の担当ではないもの)が主なものになります。
具体的には、スチロール造型、FRP(繊維強化プラスチック)造型、ミニチュア製作、オブジェ製作、かぶり物・着ぐるみ製作、フィギュア製作、特殊な家具・什器製作、などになります。
⑥ 表装・経師
セットデザイナーからの製作図面をもとに、主に建具の表装を行ったり、壁紙の貼り込みを行います。
具体的には、大道具が建て込み終わったセットの壁面や天井にクロスや壁紙を貼ったり、襖や障子の貼り替えを行います。
襖や障子は、大道具が製作したり、小道具としてレンタルしたりしますが、表装の業者が新規で製作する場合もあります。
⑦ 造園
セットデザイナーからのデザインや製作図面をもとに、大道具が建て込み終わったセットの周辺に木や花などの植物を備え付け装飾します。
例としては、住宅の庭を作ったり、森や林をスタジオに再現したりします。
小さな鉢植えの植物などは小道具が用意する場合もありますが、造園スタッフが準備するのは木を1本丸ごと(根がついたまま)何本も持ち込む場合が多く、非常に重かったりします。
枯れ枝やフェイクの木や花を使う場合もありますが、原則としては本物の生木や生花を使用します。
特殊な風景を作るのも造園スタッフが担当することが多く、例えば砂浜・スキー場・ゴルフ場・滝などをリアルにスタジオに再現することもあります。
⑧ 操演・仕掛け
撮影現場において、合図や掛け声などのキッカケに従って、物や演者を動かしたり、そ
のための装置を操作することが業務になります。
車や演者、商品やセットを回転させる、水を流す、風を起こす、炎を起こす、花びらを天井から振り落とす、演者を穴に落とす、などの映像を撮るために必要な仕掛けの装置・道具を製作したり用意したりします。
撮影本番中では、キッカケに合わせてリアルタイムで動かねば(動かさねば)ならず、各美術スタッフの中で最も緊張する役割かもしれません。
⑨ 背景
セットデザイナーからのデザインや指示をもとに、白ホリと呼ばれるスタジオの壁面や大道具が建てた壁面に、本物の風景にそっくりに見えるように背景画を描くことが業務になります。一見ロケ撮影だと思ってしまう青空や山並み、森や海などの背景が実は絵だったりします。
最近では、CGなどの技術の普及により、大規模な背景を描くことはあまりありませんが、とても高度な技術を必要とする大切な仕事です。
⑩ 美術進行
美術進行とは、セットデザイナーの意向をもとに、②~⑨の各美術スタッフをまとめ上げて、撮影現場では美術の現場管理を行う業務になります。土木工事や内装工事などでの現場監督に当たります。
大きな撮影現場では美術進行はほとんど入りますが、中小規模の撮影だとデザイナーやその助手、大道具・小道具の者が美術進行を代行する場合もあります。
また、セットの中に必要なものを製作するのに、上記各スタッフで対応できない場合、出力印刷、カッティングシート加工、金属加工、アクリル加工、ガラス加工、レーザーカット加工、NCルーター加工、3Dプリンター加工などの一般の業者に依頼する場合もあります。